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女神の心得 -第1章-

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すべては1つ

この世界に存在するすべてのもの
(目に見えないものも含む
)は
ただ1つの"万物の源"からできています。


※宇宙一元論やワンネスという言葉で

浸透している考え方ですが
近年では、量子力学においても
この世界に存在するすべてのものを
細かく分解し続けていくと
(目に見えないものであっても)
素粒子という1つの物質であることが
明らかになっています

 

この"万物の源"は知性を持っていて
純粋な愛のエネルギーであり

"思考(イメージ)することによって
なんでも創造することができる"

という無限の力に満ち溢れています。

 

それほどまでに"万物の源"は素晴らしく
完全な存在なのですが
"ただ1つしかない"という特性ゆえに

自分が何であるかを知ることができず
いかに素晴らしく完全な存在なのかを
理解できる術もなく
愛そのものでしかないからこそ
愛を実感することもできませんでした。

そこで"万物の源"は、自分を知るために
また、素晴らしい経験を通して
愛を実感するために
思考によって、自分を分割して
あらゆる姿形を創造しようと考えました。

 

それは宇宙、銀河系、惑星(地球など)
海、山、川などの自然
​そしてわたしたち人類を含む
この地球の生態系すべてに及びます。

 

繰り返し同じ活動を続ける惑星や
一定の周期で打ち寄せる波など
この世界の特定パターンまで
すべては思考によって創造されました。


この"万物の源"にはさまざまな
名前が付けられていますが
俗にいう《神》という
呼び名もここに含まれています。


この一元論が正しいか間違いかを
検証する必要はありません。

なぜなら、その他の諸説
「ビッグバンによって誕生した」

「人型の神様が創造されたもの」

などから正解を特定することは
人類にはまだ不可能だからです。

 

ただし確実に言えることは
この「すべては1つ」という説は
最もわたしたちを幸せへと導く
​間違いない真実だということです。

 

わたしたちは女神

"万物の源"が自分を知るために
また、素晴らしい喜びの経験によって

愛というものを実感するために
わたしたち一人ひとりは
姿形を変えた存在として分割され

この物質世界で目的を果たすために
さらに"万物の源"は

身体(五感による感覚)​と
人格(個性エネルギー)を
​それぞれ創造しました。

つまり、別個に見えている人たちも
大自然や部屋にあるもの
そして空気や細胞などもすべて
一体である(つながっている)
​ということになります。

なによりわたしたちは
神の性質そのもの(魂と呼ぶことも)
身体(五感による感覚)
人格(個性エネルギー)

​という3つの構成要素による
非常にユニークな存在だったのです。

こちらも三位一体などの表現で
古くから伝えられていることですが

​最も大切なことは

あなたという存在は
"万物の源《神》"が姿形を変えて

身体と人格をもった
​無限の力をもつ女神という真実です。

分離という勘違い

素晴らしい経験によって
この世界で​愛を実感するためには
ある条件が必要不可欠でした。

それは"自分が万物の源《神》
であるという記憶を
消さなければならないこと"です。

すべての記憶を消して
万物の源《神》から分けられたとき
人格(個性エネルギー)は
​ほんのわずかな不安を抱きます。

そしてあなたが地球で身体をもったとき
人格は自分をひとりの人間として
認識し始めますが
あるとき、こういった言葉を聞きます。


「あなたは特別な力なんてない」
​「自分のことは自分でやらないと」

「現実を見なさい、常識で考えなさい」

このような誤った考え方に触れることで

記憶をなくした人格
(エゴとも呼ばれる)は恐れるようになり
さらに、​こう考えるようになります。

「自分と他人は別であり

自分は自分ですべてのものから
身を守って生きていかねばならない」

 

この勘違いの連鎖によって
恐れから創造されてしまった循環が
​いまもなお、続いている状況です。

この考え方は、社会を形成する

中枢システムにまで落とし込まれ
例えば、学校の順位付けや
就職活動から政治経済など
すべてが競争を前提につくられていて

それらがさらに拍車をかけ、戦争をはじめ

貧富の差の拡大を生み出しています。

ただ、この人格(個性エネルギー)は
この地球上で愛を表現・体現したり

受け取る喜びを実感するために
生み出された創造物だということを
どうか忘れないでください。


記憶をなくし、勘違いしている状態で
あなたをずっと守ろうとしています。


分離などしておらず
ほんとうの自分は神の一部である


この"一体"の考え方を思い出して
分かちあっていくことで
​あなたの人格を本来のあるべき状態に
戻してあげましょう。​

相対性という贈り物

​わたしたちが抱く感情には
さまざまな名前が付けられていますが
根本は"愛か恐れ"であり
​どちらかが派生したものになります。


ここで疑問が浮かぶと思いますが
なぜ万物の源《神》は完全な存在で
愛そのものでしかないはずなのに
恐れというものがあるのでしょうか?

それは、愛を実感するためには
​愛以外の感情(対局にあるもの)を

創造する必要があったからです。

これを"温泉"で例えてみると

お湯の温度が約42度とした場合
外気温も同じ42度だったら
幸せを実感しにくいですが

外気温を少し肌寒いくらいの
設定にしておくことは愛であり
その温度差のギャップによって
幸せを実感することができますよね。

温泉の目的を忘れ
お湯に入らずに震えていたり
寒いまま我慢していると
終いには風邪を引いてしまいます。

この地球でも同じように
​恐れを実感しながら暮らすのではなく
愛を実感するために恐れは存在するので

本来の目的を思い出してください。

また、どうしても定期的にやってくる
ネガティブな感情も同じなので

こちらは"空腹"を例に考えてみましょう。

「食物を摂らないと命を落とす」という
明らかに不完全なシステムのせいで
「働かないと食べていけない」
そんな縛りまで生み出してしまう…

まさに定期的にやってくる
究極にネガティブな要因のはずが
こちらは誰もが相対性を活かして
素晴らしい捉え方をしています。

「美味しいものを食べるのが幸せ」
「料理をして、振る舞うのが幸せ」

「手料理を作ってもらうのが幸せ」

「みんなで食卓を囲めるのが幸せ」

空腹システムに不満を言う人は
なかなかいないどころか
「無くしたくない」と言います。

同じように、定期的にやってくる
ネガティブな感情があるからこそ

「励ましあえる幸せ」
「力になれる幸せ」
「優しさにふれる幸せ」

といったような人生の醍醐味を
実感できると考えてみましょう。​

そうすると…

この世界にある不完全はすべて
愛を実感するために創造された
​相対性という神様からの
贈り物だということが分かります。​

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株式会社 福遊エンターテイメント

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